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東京地方裁判所 昭和33年(特わ)98号 判決

被告人 株式会社山内洋行

右代表者代表取締役 山内浪雄 外一名

主文

被告会社株式会社山内洋行を罰金八十万円に、

被告人山内浪雄を罰金二十万円に

それぞれ処する。

被告人山内浪雄が右罰金を完納することができないときは、金千円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する

理由

(罪となるべき事実)

被告会社山内洋行は東京都中央区日本橋横山町四番地に本店を設け、レインコートの製造並びに販売等を営業目的とする資本金一千万円の会社であり、被告人山内浪雄は右会社の代表取締役としてその業務一切を統轄しているものであるが、

被告人山内は被告会社の業務に関し法人税を免れる目的を以つて、取引の一部を簿外にする等の不正な方法により、昭和二十九年二月一日より昭和三十年一月三十一日までの事業年度において被告会社の実際の所得金額が少くとも二〇、二四〇、五〇〇円であつたのに拘わらず、同年三月二十九日所轄日本橋税務署長に対し、所得金額が五、〇八七、三七六円である旨虚偽の所得申告をなし、以つて同会社の右事業年度の正規の法人税額八、五〇〇、八五〇円と右申告税額二、一三六、五一〇円との差額六、三六四、三四〇円を逋脱したものである(別紙修正貸借対照表参照)

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示行為は昭和三十二年法律第二十八号附則第十六項、同法律により改正される以前の法人税法第四十八条第一項第二十一条第一項に該当するので所定刑中罰金刑を選択しその金額の範囲内において被告人を罰金二十万円に処し、

右被告人の本件犯行は被告会社の業務に関してなされたものであるから、前記旧法人税法第五十一条に従い、同法第四十八条第一項第二十一条第一項を適用し、その所定の罰金額の範囲内において被告会社を罰金八十万円に処し、

被告人が右罰金を完納することができないときは刑法第十八条に則り金千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする

(量刑の理由)

本件の情状につき考察するに

(一)  被告会社及び被告人に不利な点

(イ)  被告人は売上脱漏等の方法により本件脱税を企て、長期間にわたり脱漏すべき売上については入金伝票に「R」又は「う」と記入してこれを裏帳簿に整理記帳する等の手段を講じたもので、本件は極めて計画的になされたものであること

(ロ)  脱税額は六百三十六万余円の多額に上り、国民の最大義務の一つである納税義務に違背し、国家の課税権を侵害すること著しいもので、その責任軽からざるものがあること

(二)  両者にとり有利な点

(イ)  本件犯行の当時は、戦後のインフレ経済の混乱未だ止まず、国税当局の徴税攻勢とみに激しく、他方商業道徳が一般に低下し、弱肉強食の風潮がみなぎつていた際で、従つて一般に徴税攻勢に対し、売上先、仕入先から、その売上又は仕入を帳簿から除外し、簿外処理することを求められるのが多くの取引の慣例とされており、もしこれを拒否すれば、取引停止の厄に遭うが如き状態であつたので、被告人もこの慣例に抗し得ず、止むなく本件のような犯行に出たものであることがうかがわれ、その動機には掬むべき点があること、

(ロ)  しかも被告人はかかる悪慣例を速かに打破する必要を痛感し、昭和二十九年二月一日からの事業年度より青色申告制度の帳簿に切り替え、逐次仕入先、得意先の了解を得て簿外処理を縮少し、昭和三十年度以降においては、売上取引を簿外処理することを殆んど全廃するに至つたこと、

(ハ)  被告人は商才にたけ、終戦直後よりオイルシルクのレインコートに着目し、創意工夫、勤勉努力の結果「ツバメ」印の商標を以て大いに業界に雄飛し、業界における指導的地位を占め、日本レインコート協会副会長その他の役職につき、又国策の線に沿つて率先レインコートの輸出に努力し、着々その実績を収めて外貨の獲得に貢献していること、

(ニ)  本件犯行が発覚するや、被告人はいたく前非を悔い、捜査の当初より当公判廷にいたるまで犯行を卒直に認め、修正申告をして本件脱税の本税重加算税、利子税の全額を完納し、被告会社の経理を所謂ガラス張りの経理に改め、改悛の情顕著なものがあること、

以上の外、被告会社並びに被告人に有利、不利な諸事情を総合勘案して、前記の如く被告会社に対し罰金八十万円、被告人に対し罰金二十万円を以つて量刑処断した次第である。

(弁護人の主張に対する判断)

(一)  弁護人は、

「本件公訴事実の犯則行為中に役員賞与否認二四〇、〇〇〇円が加えられているが、これは本件事業年度に公表損益計算において役員賞与として支出されたものを、同年度の税務調査においてその損金性を否認せられ、更正法定を受けたもので、これに対応する法人税額八八、九八〇円は昭和三十年九月十日納付済である、従つて右損金計上は正規の帳簿に記載経理されたもので、この点については何等脱税の意思なく犯意を欠くものである。故に右二四〇、〇〇〇円は犯則所得を構成するものではない」

と主張する。

この点に関し、検察官は、

「虚偽申告による逋脱犯の犯意がありとするためには所得の形成に参与すべき個々の収益及び損費のすべてを認識し、申告により逋脱すべき所得の全額についてまで認識する必要はなく、その申告にかかる所得額が真実の所得額より少ないこと、即ち申告額を超える所得が存在することについての概括的な認識があれば十分で、個々の収益、損費の一つ一つにまで認識がなくてもその部分についての犯意なしとはなし難い、この観点よりすれば、被告人が売上脱漏等の不正行為によつて所得の一部を隠蔽し、実際の所得額よりも過少の申告をすることの認識があつたことは明らかであるから、申告所得額と会計上及び税務上の諸原則慣行を適用することによつて計算された実際所得額との差額全部について逋脱の刑責ありというべく、税務上の原則慣行によつて収益にすべきものとして否認された本件賞与二四〇、〇〇〇円についてのみ犯意なしとはなし難い」

として右弁護人の主張を論難される。

そこで考察するに、検察官の逋脱犯には概括的認識を以つて足りるとの右主張は一般論として是認し得るが、本件賞与の如き特殊の事情のあるときは、その事情を掬んで逋脱犯の犯意の有無を決すべきであると思考する。しかるところ、

(一) 被告人の作成した法人税決議書中「所得金額の計算の明細」欄の(7)損金計上役員賞与否認の項

(二)  昭和三十年八月十二日付日本橋税務署長の法人税等の更正決定通知書(写)

(三)  右更正決定による納付すべき税額の納税領収書(写)

(四)  被告人の当公判廷における供述

を総合すれば、被告人は本件の二四〇、〇〇〇円を被告人自身と妻理枝に対する役員賞与として損金に計上したところ、益金処分の賞与と認定否認せられたものである。従来の慣例によればかかる役員賞与は勤労報酬として損費に計上し、否認されることがなかつたのであるが、本件事業年度に至り、従来の取扱に反し、かような役員賞与についても、同族会社の株主たる役員については損費として認め得ずとして否認更正決定を受けたもので、被告人はこの決定に対し、何等異議を申し立てることなく服し、昭和三十年九月十日右に対応する法人税額八八、九八〇円を納付したものであることが認められる。然らば右二四〇、〇〇〇円については逋脱の意思を欠くものというべく、この点に関する弁護人の右主張は理由がある。そこで当裁判所は本件公訴事実の犯則所得中より右二四〇、〇〇〇円を控除して犯則所得を認定した次第である。(別紙修正貸借対照表の勘定科目中「役員賞与欄参照)

(二) 次に弁護人は、

「被告人は昭和二十八事業年度分について修正申告を行い、

法人税本税額 一三、五八五、三九〇円

事業税〃〃〃  三、四七八、五一〇円

都民税税額   一、七二七、三二〇円

の納税義務が確定して既に納付済である。これに対しては法人税法第四十二条に基き、申告書提出期限である昭和二十九年三月三十一日の翌日から一箇年分について利子税を納付することとなつている。而してこの中訴追の対象となつている本件事業年度(昭和二十九年二月一日より昭和三十年一月三十一日まで)の終了の日までの期間に対応する部分(昭和二十九年四月一日より昭和三十年一月三十一日まで)の利子税額は

法人税利子税  一、六六二、八五〇円

事業税〃〃〃    四二五、七六〇円

都民税〃〃〃    二一一、四二〇円

合計      二、三〇〇、〇三〇円

となる。

この利子税額は本事業年度終了の日(即ち昭和三十年一月三十一日)現在において既に納税義務が発生確定せる利子税であつて、当然に同日現在における確定債務として計上すべきものである。

現行税務の取扱においては、かかる場合の利子税額は昭和三十年四月九日直一―六九「利子税額の損金算入に関する法人税の取扱の改正等について」により納付の時を含む事業年度の損金に算入することとせられ進んで認定損を認める取扱になつていないが、それまでは国税庁基本通達第五七により未納の場合においても当該事業年度の期間に対応するものについては損金に算入していたのである。

かように税務は徴税技術上の立場から納付の時に損金算入の取扱を行つているが、会計原則及び税法の発生主義の原則より、確定利子税は法人の当該事業年度の損金として計上すべきもので、本件の如く財産増減法により所得計算する場合は当然法人の当該事業年度終了の日における債務として計上し、積極財産より控除すべきものである。従つて前記利子税額二、三〇〇、〇三〇円は犯則所得より控除せらるべきである」

と主張する。

そこで考察するに、

法人税法における損金の計算、従つて又本件のような利子税額の計上がいわゆる発生主義の原則によりその発生した事業年度においてなさるべきものであることは、所論の通りであるとしても、損金として計上されるためには、その損金が現実に確定的に発生しその発生額が適正に計算決定され、その事業年度に帰属するものと認めるのを相当とする事情の存する場合に限ると解すべきものと考える。しかるに、証人中村平男の当公判廷における供述に徴しても明らかなように、本件の如き利子税は日々発生するものと認めることは出来ず、法人税の逋脱が発覚した当時において、過去に遡つてその年度の総損金及び総益金を推算して正当な法人税額延いてはその翌年度に徴収すべかりし利子税額を確定し、これが納付を待つて始めて損費として発生したものとなすべきである。従つて計数の上では当該事業年度において算定することは可能であるが、行為当時において、当該年度又はその翌年度に帰属するものとして、現実に法人税額延いては利子税額が確定既に発生していたと解する所論はこれを容れることができない。

かかる観点よりすれば、昭和三十年四月九日直一―六九は右の如き正当な考え方に基く通達としてこれを是認すべく、証人中村平男の当公判廷における供述に見られるように、右日時以前の事件についても旧通達第五七によらず、右の直一―六九によつて遡及的に処理している税務慣例はこれまた正当なものとして是認せらるべきものである。

従つて前記利子税二、三〇〇、〇三〇円を本件事業年度の損金に算入し、犯則所為より除算すべしとの弁護人の主張は、その理由がないものとして排斥すべきものと考える。

(三)  更に弁護人は、

「本件事業年度中の被告会社の預金利子所得は二、二五八、六七六円であり、これに対する源泉徴収税額二二五、八五八円は法人税法第十条により当然に犯則税額より控除せらるべきである。もつとも同法施行規則第二十三条は右所得税額の控除の申告がないときは法人税法第十条を適用しないと規定しているが、これは課税技術的に課税数額を論ずる場合の規定にすぎず、これを逋脱の犯意を論ずる法人税法第四十八条の処罰規定の場合にも適用ありとするのは不当である。同条の逋脱税額を算定する場合には法人税法第十条の原則にかえり、重複課税防止の趣旨より、申告の有無を問わず、源泉徴収所得税額を控除すべきものである」

と主張する。

この点につき考察するに所論の如く法人税法第十条は重複課税防止の趣旨に出たものであるが、法はこの趣旨をあくまでも貫くことをせず、同法施行規則第二十三条により所得税額の控除の申告のあつたときのみその税額を法人税額より控除することとしたのであつて、この趣旨は法人税法第四十八条第一項にいわゆる「法人税を免れ」た場合の税額の算定に際しても当然適用あるものと解すべく、所論の如き、同条が逋脱の犯意を論ずる処罰規定の故を以つて、同法施行規則第二十三条の適用の範囲外であるとの見解には、にわかに賛同し得ない。いわんや本件の預金利子所得並びにそれに対する源泉徴収税額は「昭和三十三年十一月二十七日付日本勧業銀行横山町支店発行の利子所得税源泉徴収額の証明書」(写)によつて明かな如く、被告人が右日本勧業銀行横山町支店に簿外預金した、その預金から発生したもので、被告人が右源泉徴収所得税を申告せんか、忽ち税務当局より簿外預金の存在を看破されて、本件脱税が白日の下にさらされることが明白なので、被告人が右所得税を申告するが如きことは到底考えられない。従つてこの点において被告人は当初より法人税法第十条による所得税控除の特典を放棄しているものというべく、この理は法人税法第四十八条の罰則の際の法人税額の算定に際しても当然考慮に入れるべきものであると思考する。

そこで前記源泉徴収税額二二五、八五八円を犯則税額より控除すべしとする弁護人の主張はこれを採用することができない。

(裁判官 東徹)

(修正貸借対照表)〈省略〉

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